★5月23日(月)  中村貴之

5月1日〜4日にかけて、僕は久々に岩手の地を踏んだ。
そう、「義経祭り」を微妙に避けるように…(謎笑)。
5/1午後3時頃、一関に降り立った僕は、駅前の「一平」を横目に、「長い間お疲れ様!」
と呟きつつ、暫し思い出に浸ってしまった。平賀が初めて「酒」を口にしたあの日を…(笑)。
銭なしの僕らにとっては本当にありがたい店だった。千円札を小母ちゃんに差し出し、「これで呑めるだけ…。」とお願いしてから呑み始めていたっけ。
心地良く酔った頃に、「そろそろだよ」と微笑み、仕上げに出してくれる味噌汁は正しく「おふくろの味」だった。閉店する前に顔を出せなかったのが残念でならない。
その夜は18時から呑み始めた(早っ!)。高専の同級生4人と、共通の友人である旅館の女将の6人で、例のごとく「現況報告」から…(笑)。いや〜、飲むワ食うワ!
その中の一人G君とは、僕の結婚式以来だった。12年前の5月5日(何の因果かこの日だった。)、わざわざ田舎から来てくれたのだった。披露パーティーの席で、「大石吾朗が居るっていうがら、サインもらうべ〜ど思って来たんだ〜!」と挨拶して、爆笑を誘った愛すべき男である。今はフィリピンの子会社の社長をしているのだが、体型はスッキリしている…ついでに頭も大分スッキリしている。なかなかに優雅な毎日を送っているらしい。
「俺が向こうに居るうちに、1回遊びに来い〜!」と胸を叩いた。確かに胸を叩いたよな〜Gよ(笑)。「秋にでも皆で行こう!」と瞬時盛り上がった。ホントに実現するのやら…。
1時過ぎまで飲んで解散かと思いきや、「ラーメン食べに行ぐべし。」とG君が言う。
誰も異論を唱えない…「マジ?」と躊躇ったのは俺だけだった。皆ペロリと平らげていたよ。恐ろしや岩手人。
翌朝7時に、C君がホテルに迎えに来た。ゴルフなのだ。
前夜、「俺、肉離れやっちゃって(サッカーでやっちゃいました〜!)…ゴルフ無理かも。」って言ったら、「無理しないように、様子を見ながらやろう。」だって…。飽くまでもやる気なのだ(苦笑)。
「おはよう!」元気に言うC君の右手にはサポーターが!用意の良い奴よ。
ま、何とかやり遂げたのだから、俺もかなりのアホらしい(笑)。
ゴルフ、無事(?)終了後駅まで送ってもらい、いざ宮古へ!
今回は山田線に乗らず、バスで宮古へ向かった。寝不足だから寝ちゃうだろうと思ったのが間違いだった。途中のトイレ休憩までの長いこと…。いや〜美味い一服でした!
宮古の少し手前、そう生誕の地、下閉伊郡新里村(笑)の茂市で下車。
中学時代の親友が「十割そば」をやっているのだ。「店に寄って!」という彼の一言で途中下車する事にしたのだ。
降りる時運転手さんにチケットを渡したら、「???」という表情。
しまった!宮古までチケット買っちゃった…損ペした〜!(早くも宮古弁モード)
暫し友人夫婦と談笑の後、「じゃ、軽く前夜祭ってことで!」と友人が目配せをよこす。
「こんな時ぐらいしか仕事休めね〜もんね。」と無邪気な笑顔。奥さん苦笑(笑)。
「すいませんね〜。I君お借りします。」如才ない俺(笑)。
それから彼の車で宮古市内の繁華街(?)へと繰り出した。
途中何回も携帯が鳴り、あっという間に総勢六人に!
こうして前夜祭は軽くない状態へ…。3軒梯子して、宮古での宿泊先N君の家に着いた時は2時を回っていた(疲)。
翌朝7時起床。何時に寝ても7時には目が覚める…困った体質だ。
本を読んだりしながら、N君のお目覚めを待つ…。
8時、N君お目覚め。彼も結構ジジイ体質のようだ(笑)。
N君お手製の「そば」で朝飯。味はともかく(笑)、嬉しい心遣いだった。
食後買い物へ。彼は翌日も宴会らしく、そのための買出しだった(お前も元気よの〜!)。
午前中一杯かけて、あれやこれや宮古ならではの物をお買い物。Nが自から手料理でもてなすらしい。マメな奴よの〜!味付けも頑張れ(笑)!
昼飯は、宮古のマセガキの登竜門「高○」へ。僕らが生まれた頃には、既にこの店は存在していたように思う。オープンから内・外装、メニュー共に殆ど変わっていない(驚嬉)。
マスターも、60近い筈だがあんまり変わってない!
N君の両親の初デートはこの店だったらしい。そして、僕の叔父さん夫婦や従兄弟夫婦の初デートも…(笑)。他に行くとこないんかい!
懐かしのメニュー、オムライスとナポリタンを注文し、暫しノスタルジックな気分に浸ってしまった。それにしても量が多い!田舎人は皆大食いなのか…?
昼食後、家で一仕事のN君と別れ、宮古街を散策。本番の「同級会兼担任の先生の古希祝」は、夜7時からだ。それまで6時間…ちょっと時間が有り過ぎでないかい!?
親戚の家にも顔出ししなければ行けないし…以外と丁度良い按配かも…と思いつつ散策を開始した。小一時間ほど散策の後(何せ、これだけ歩けば端から端までだもの…)、親戚の家に挨拶に。しかし呼べど鳴らせど返事がない。出掛けているようなのだが、鍵は掛かっていない。さすが宮古、治安が良いのか!?さて…困った。行く所がない…。バスで浄土が浜…という手もあるが、ちと面倒くさいしなあ…と駅前の茶店に。窓際の席に座って、ふと隅の席(観葉植物の陰になっていて他から見えにくい席)を見ると、居るじゃないの…チユッチユしている、高校生と思しきカップルが…宮古も進んだものよの〜!
いや〜邪魔して悪かった(笑)!
はてさて、せっせと持参した本を読んで時間をつぶしても、なかなか時計の針は進まない。
1時間は粘ったと思うが、視線も気になりお会計…。時計を見ると15時半。「あと3時間半か〜!」やむなく、再び末広町商店街を散策。パチンコ店の前で暫し悩むも、「こう言う時にやったら、負けるよな〜。」と回避。また暫く歩いていると、中三の時少しだけ付き合った女の子の(今や立派なおばさんだよね。)店の前だった。チラリと中を窺ってみるが姿が見えない…。「前回会ったから良いか〜。」と、後ろ髪を引かれつつ通りすぎた。
そして次の路地を見ると、「福○湯」という看板が…。「小・中と良く来たよなぁ!」と思うが早いか、中へ飛びこんでいた(笑)。番台で入浴料とタオル代を払って、マッパに!
しかし、ゴールデンウィークに銭湯とは…(笑)。友達と何人かで良く来ていた銭湯は、昔のままだった。生え始めた毛を自慢したいのか、タオルで隠しもしない奴が一人だけ居たっけ…などと、またまたノスタルジジイ…。
湯船に浸かってグデ〜としてたら、どうも足がジンジンする。足の裏を見ると、両足裏に大きな豆が!素足にローファーというスタイルで歩いたのが効いたようだ…(苦笑)。
教訓―「素足では90分以上歩くべからず!」
ここでも小一時間つぶし、仕上げにコーヒー牛乳をグビリッ!美味かった〜。
下駄箱から靴を取り出し、「また、これを履いて歩かなければいけないのか…。」と思いつつ外へ出ると、目の前に「た○ふ○」というラーメン屋の看板が…吸い込まれるように入ってしまった。(宮古コンサートの時、皆を連れてったっけ。)
いや〜満腹満腹!何せ量がすごい…店名の由来はそこからという説も。
それにしても汗を流す事ばかり。何の為に風呂に入ったのか…。
それから又、てくてく歩いて親戚の家に…。無事挨拶を済ませて時計を見ると、18時。
さすがにもう、歩く気がしない。すぐ近くがN君の家だったのを思いだし(今ごろかよ〜!)、
一緒に車で会場に向かおうと目論みつつ「仕事すんだ〜?」…何とか休めた(笑)。
18:40、「そろそろ行くか!」N君の声に悪い予感が…。タクシーを呼んだ気配が無い。
「足が…足が〜!」言い出せずにセッセと歩きましたがな…20分!
いやはや、何度同じ景色を見たことやら…宮古は腹いっぱい、足いったい!
会場の寿司屋には、既に僕ら以外は勢ぞろい。「遅いぞ〜!」の声…「オンタイムじゃないか〜!」そうか…今日は先生が居らっしゃるからか〜。
総勢14名の教え子に囲まれ、先生も満面の笑みだ。
まずは先生の挨拶。
「いつも歌声の溢れるクラスだった…。休み時間、放課後…本当に良く唄ってたよなぁ。」
この言葉が最初だった。
そう、このクラスは僕の音楽のルーツだった。タイガース、ビートルズ、ブラザースフォーなどなど…一年間ホントに良く唄った。修学旅行、予餞会…6人でハモリまくりだった…。先生の言葉に頷き、微笑むクラスメイト達。
「今日は3つのありがとうを言いたい。」
「一つは…立派な記念品をいただいたこと。」
「二つ目は…生徒に恵まれ、幸せな教師生活を全うできた事。」
「そして3つ目は、遠方から高い汽車賃をかけてまで集まっていただいた事。」
「70歳を、こういう形で祝っていただいて幸せです。ありがとう!」と先生は結んだ。
みんな、「来て良かった…!」思ったに違いない。暖かいひとときだった。
記念写真を撮った後、宴の最後はやはり歌!
用意されてたギターを僕が弾き、みんなで歌う…。いや〜、盛りあがりましたよ!
二次会では、禁断の「NSP」をメドレーで…唄わされる羽目に…(笑)。
「弥生冷たい風」の忙しいこと!疲れる歌だ(笑)。
そうして夜は更け、気がつけば1時過ぎ!3日連続午前様は久し振りだ〜。
翌朝、目覚めはやはり7時…(笑)。
朝から、N君のお母さん、お姉さん、弟君と昔話をひとしきり…。
そこへ、「ごめんくださ〜い!」と、どこか懐かしい匂いのする声が。
顔を見てすぐに分かった。僕の姉に金魚の糞のように付いて回っていたハ○ミちゃんだ!
色紙をたくさん抱えている。サイン会が始まった…(笑)。
昔から良く喋り笑う人だったけれど、おばちゃんになって益々磨きが…。
「外で写真撮っぺし!」と急き立てられて外へ。
「あっ!あれが良い!」と指差す先を見れば…八幡様の階段下に…記念撮影用に置かれた…弁慶と義経の看板(何て言うんだろう…)が…そう、顔の部分だけ繰り抜いたヤツ!
「こ、これで撮るの〜!?」さすがに怯んだ。良く見れば周りには「義経祭り」ののぼりが…。宮古なのに〜?
「平泉はタッキーで盛り上がったらしいがら、こっちは宮古のタッコーで盛り上がっぺし!」だと!
そう、僕は小さい頃「タッコ(ちゃん)」と呼ばれていたのだった…。
ひとしきり撮影会に付き合って、やっと帰路へとついたのではあった。
しかしまあ、帰り道の遠いこと!缶ビール2本と、枝豆、弁当を友に…。
家に辿り着くなり、泥のように眠ったよ。翌日の結婚記念日に備えて(笑)。
…てなワケで、どっぷり疲れる岩手行だったとさ。チャンチャン!
それにしても長い!最後まで読んでくれてありがとう!                

 

 

 

母校

 

 

 

 

木造のボロ校舎だったのに、今は昔。

 

 

 

 

中学校に隣接する八幡様。クラブ活動で、この階段を毎日走らされたっけ。

 

 

 

 

結構長い階段なのだ。

 

 

 

 

宮古のタッコー
 

 

★ 5月18日(水)  平賀和人

5月14日(土)の夜、急遽ジャニーズ事務所と野球の試合をすることになった。公式戦に備えてのいわゆる親善試合だ。ちょっと前になるが「優しい時間」という某放送局のドラマに出演していた「嵐」の二宮くん、そして相葉くんが珍しく顔を出していた。
PCチームも突然だったため人がなかなか集まらず、苦し紛れに義理の息子、要冶くんを呼んだ。彼は高校まで甲子園目指して野球をやっていたが大学ではアメフトに転向し大活躍したという変り種だ。
一見生意気そうに見えるジャニーズの子たちだが(僕だけかな、そう思っているのは)、
実際に会って話をすると、事務所の教育が行き届いているというかなんと言うか、本当に礼儀正しいし、とても真っ直ぐで素直な性格に驚かされる。
試合前のキャッチボール中、なんか見られている感じがして後ろを振り向くと二宮くんがじっと見ている。「いろんな球を投げて下さい!いろいろ見せて下さい!」と言う。「見せるものなんて何もないよ」と笑いながらそっけなく返事を返したが、試合中も何度となく見られている感じがした。天野くんのそれとは違う・・・なんと言うか尊敬にも似た眼差しを(笑)。嘘をついてしまいました・・・。
驚いたことにジャニーズ事務所先発の二宮くんも左投げ右打ちという珍しいタイプだった。ゆっくりとしたモーションからコーナーを丹念に突く頭脳的なピッチング。打てそうで打てないという典型的なピッチャーだ。バッティングは見違えるほどシャープで鋭い振りで、ストレートもチェンジアップもレフト前、ライト前とどんな球種でも見事に打ち返された。とてもセンスを感じた。試合は10対2で勝ったが、試合後、二宮くんに「僕と同じ左投げ右打ちなんだ」と声を掛けたところ「いいえ、もともとは右投げだったんですが肩を故障して投げられなくなってしまって・・・それで左投げにしたんです」と事も無げに言う。すべての謎が解けた瞬間でもあり小柄な彼が大きく見えた瞬間でもあった。逆・尊敬の眼差しで「そうだったんだ・・・もっともっと、その頭脳的なピッチングを磨いてね!」とエールを送ったが、いやあ、驚いた。漫画だったらそりゃあ、有り得るよ。右が使えないから左で、なんて。僕だって小さい頃、右打者には左投げ、左打者には右投げでとか左投手には右打席、右投手には左打席でとか考えたし実際、ちょこっとは実践してみたことはあった。でもすぐやめた、しっくり来ないから(笑)。彼の場合、漫画のようにやってみたら案外簡単に出来たのかも知れない。でもそこには、それなりの努力と忍耐力が必要だったろうし、かなりの頑張りを重ねたはずだ。それは多分、若さだけで克服出来たものではなく、その時にこの先どんな自分になるのか想像出来たから現実でも実現出来たんだと思いたい。
待てよ、僕だってベースは左だけどギターは右で弾くし、字だって左だけど筆ペンや習字は右で書く、端から見たら驚くべき人間だ、漫画だ漫画!(大爆)。この先を想像、想像・・・お〜!!孫を肩車してベース弾いたり投げたりしてるよ、すげえな平爺〜。      

よ〜し、フォトメ完成!
アトラストに送るか。
プロ野球、交流試合は結構面白いですね。
選手間の緊張感がいい感じで伝わってきます。
うちの近所で咲くNSP、ニューサディスティックポピー(笑)。
 

 

★ 5月9日(月)  平賀和人

5月5日で一足先に52歳を迎えた天野くん、おめでとうと云うよりはお疲れ様!でしょうか。考えてみれば去年の春のツアーだって体調不良で本来ならば見送りたかったところを本人の強い希望でスタート、そして何とか乗り切ったという経緯があります。その春のツアー最終日、渋公でのコンサートを無事終えた時の達成感、そして天野くんを身近で見ていて、やっぱり人間って好きなことをやるのが身体に一番いいのかなと改めて思ったりもしたものでした・・・あれから約一年、健康を熱く語るヤツがいました(笑)。
誕生日という特別な記念日にご指名を承った僕は天野ファンに言わせれば「この幸せ者!!」となるのでしょうが、今年の天野くんは性生活から食生活にかなり重きを置いているなあと(大爆)。かなり食べ物と真摯に向き合ってる様子が伺えました。特に今凝っているのが玄米だとか。玄米はビタミンが豊富で身体にいいから平賀も喰えとか便通が凄く良くなるぞとか、一人暮らしにとって一番大事な身体に良い物を作って食べれるよう一緒に料理学校に通おうとか、それはそれは鬼気迫るものがありました。それはまるで夕陽に向って吠えるあの森田健作さんを見ているようでもありました。とにかくよく喋るし食べるし、顔のツヤもいい。だがしかし肝心の声が「ピカってない」、ツヤが今ひとつなんだな残念ながら。それでも猫に餌やったり散歩したりと本人はフル稼働らしいから(笑)、早くその努力が報われることを祈るばかり。今は居心地の良い場所で居心地の良い時間を過ごしてくれればそれでいいんだと思うよ。自分のためだけに時間を費やして欲しい、自分のための時間を大切にして欲しい、自分のためにたっぷり時間を使って欲しい。それが結局はファンにとっても最高のプレゼントとなるのではと僕は8回思うし、そう願っている。僕にとっては大好きな長嶋さんの復帰を辛抱強く待っている気持ちにちょっと似ているかな。以前のような雄姿が見れないとしても、残念でもなんでもない。いろんなモノを貰ったからね。ただただ同じ時代を何となく一緒に生きていられることが嬉しい・・・そんな心境だ。本人はもちろん必死にリハビリにリハビリを重ねて誰よりも努力を重ねて「ど〜も〜!」ってな調子でいつかきっと表舞台に戻ってくると信じているけどね。そんなことを考えると自分も頑張らねば!と、いやいやでも会社に出勤してしまう(泣)。
そしてわざわざ平成4年4月4日でもなく平成6年6月6日でもなく平成5年5月5日に結婚した中村くん、おめでとう!!そしてお疲れ様(笑)。これは僕の推測というか憶測に過ぎませんが、この5並びの日に結婚式を挙げようと強く希望したのは奥さんのような気がします。科学的根拠はな〜んにもありませんが、奥さんにペースを握られている夫婦には何故か女の子が産まれるケースが多いんですよね、不思議と(笑)。その際たるものが平賀家ですが(悲)。
5月3日の戌の日、水天宮へ安産祈願に。五月晴れのこの日で娘の未来もようやく5ヶ月目に突入。しかしまだまだ腹帯をするほど目立ってはいない。体重も一キロほどしか増えていないのだという。これからなんでしょうね大事なのは。2月中旬には報告を受けていたので3月12日の渋公コンサートで発表しようと思っていました。いきなり本番で2人をビックリさせてやろうと虎視眈々と狙っていた訳ですが、残念ながらどうしても言えませんでした。でも、あのコンサートではずっと拒み続けてきた、まだまだ歌えないと思っていた「碧き空は永遠に」をこれから母親となる娘にちゃんと届けなければという想いから何とか普通に歌えたことは自分の中では一番の収穫だったでしょうか。娘には響いたのかな?順調に行けば出産予定日は10月13日とのこと。多分、女の子でしょう(笑)。それくらい平賀家にそっくりなんです岩端家も。不気味なのが52歳のアイツ(笑)。頼んでもいないのに、どちらが産まれてきても合う名前を入院中にひとつ考えたと。未だに口を割らないその根性は素直に認めるが名前は2人で考えて決めればいいこと。その話を未来にしたら「え〜!?参考までに聞いてみたいよ!」と。参考までにだからね参考までに!・・・それなら僕もひとつくらい考えてみようかな。

姪っ子に先を越されてしまいました。4月27日に誕生した史琉(しりゅう)くんを抱きしめて。
夏日が続いたGWは体もたっぷり鍛えられました!次の試合は頑張りますよ。