★11月1日(火)  平賀和人

 Dear JOHN
 初めてお便りを差し上げます。
フレディが亡くなってから丸14年経とうとしています。僕はあなた方の大好きな日本で生まれ、あなたの大嫌いなジャンル、そうフォーク。そのフォークグループ、NSPという3人グループでベースを担当していたHIRAGAと言う51歳の男性です。フォークではありますが、あなた以上に踊って狂って歌えるベーシストだったと断言できます。デビューが同じ73年6月ということと大のハードロック好きが高じて、デビュー以来ずっとあなた方のレコードやら来日コンサートなど必ずチェックしてきたファンの一人です。ここからは2歳年上のあなたをジョンと呼び捨てにすること、お許し下さい。
 今回19年ぶりにブライアン・メイ、ロジャー・テイラーがQUEEN名義で来日しました。ボーカルにフリーやバッドカンパニー、ザ・ファームで活躍していたポール・ロジャースというニュースには腰が抜けそうになりましたが、また多くの名曲を生で聴けるというのは旧来のファンにもミュージカル「WE WILL ROCK YOU」や某TV局の人気ドラマの主題歌でブレイクしたことで新たにファンになった人たちにとっても待ちに待った“復活”であり“来日”だったことは言うまでもないことだと思います。
 初来日した75年4月の武道館コンサートは今でも耳に目に焼き付いています。それまでのハードロックにはなかった「見せるステージ」に度肝を抜かれました。そして「コイツらプロだ、本物だ!」という思いと世界は本当に広いんだなと実感したのを覚えています。二度目の来日では、あの大作「ボヘミアン・ラプソディ」のオペラ風コーラスをどうライブで再現するのか興味津々でしたが、あっさりテープを使用され、ものの見事に期待を裏切られましたが、完璧を目指すグループのその潔さにまた感動したものでした。あれを生で再現されたらたまりません。
 そんなQUEENの久々のコンサートに足を運ばなかったのは、やはりボーカルはフレディ・マーキュリーじゃないからとか、もう一度気持ちを新たにして聞いてみようというほどのパワーがなくなってしまったとかではなく・・・ジョン、あなたが参加していなかったからなのです。今回の復活に関して僕はあなたの動向に一番注目していました。91年にフレディが亡くなった後、今度はあなたが音楽活動から引退するというニュースが飛び込んできて、あの時は「二人は出来ていたのか!?」(笑)と大きな疑問を抱いたり「なんでやめるんだよ!なんて自分勝手な!」と大きな怒りを感じたりといろんな感情が交錯して悶々とした日々を過ごしていました。今振り返ると、とても恥ずかしい気持ちでいっぱいです。
 ちょうど4ヶ月前、僕もジョンと同じような場面を体験してしまいました。だからあなたのとった行動や言動そして決断が今は良く理解出来ます。ようやくあなたと同じ50代に突入しました。叶わない夢だけどジョン、本当はあなたに会っていろんな話がしたい。あなたの友人でありメンバーの二人は実に!実に35年ぶりにフレディ以外のボーカリストを迎えて新生QUEENを目指そうと頑張っています。あの二人はロック小僧だった自分にも初期衝動の大切さを教えてくれているのかも知れないという意味に於いてはその勇気と決断に大きな拍手を送りたいし、自分もそのような初期衝動に駆られるような出来事に出会ったら素直になろうと思うのです。
 でもやっぱりジョン、あなたのフレディを慕う気持ち、QUEENに対する想いは僕がAMANOやNSPに対して感じていることとあまりにも似ているような気がして他人事のように思えないのです。デビュー直後まで中学の教師をしていましたが今は・・・まさかね!?メンバーの中で一番年下だったのに結婚も一番早かったんですよね。今も奥様と4人?5人?6人?の子供たちに囲まれて穏やかな日々を送っていることでしょう。
 僕は先月1日にめでたくおじいちゃんになりました。娘に子供が出来たのです。FUTUREの「未」にFREEの「由」で「みゆ」と読みます。ちょうど1ヶ月経ちますが、大人顔負けの臭くて大きなオナラが魅力のひょうきんな女の子です。「じぃじのせいだ!隔世遺伝だ!」と最近は肩身の狭い思いをしています(泣)。
 最後にジョン、うちのAMANOはそんなにあなたのいたグループを目茶苦茶好きではなかったけど(笑)、あなたの作った「マイ・ベスト・フレンド」は大好きでした。これから先AMANOと同様にあなたを「マイ・ベスト・フレンド」と呼んでもいいですか?