★ 帰って来る「青春のかけら達」(2枚組ベストアルバム)

 昨年の6月末に憧れの作家、重松清さんにお会いする機会に恵まれました。確か重松さんが担当していらっしゃる夕刊フジの「オヤジの細道」なるコーナーだったと記憶しています。よくよく話を聞くと、フォーク全般が大好きで僕がDM営業部所属時に企画制作した「奥のフォーク道」シリーズの大ファンだったとかで、どうやら直接注文してチェックしていたという話を本人から伺った時にはそれはそれは感動ものでした。そんな重松さんが夕刊フジの記事の中で、“夢中になったのはNSPだけではないのになぜか思い出のBGMに登場するのはNSPばかりだった”と。さらに掲載された記事の中で重松さんはNSPを“どうやらNSPの曲は、時の流れの中で熟成されて花開くヴィンテージ・ワインのようなもの”と表現してくれました・・・いろんな人に影響を及ぼした天野本人に是非聞かせたいフレーズでした。

 ファンからCD化を望む声が一番高かった2枚組ベスト・・・この「青春のかけら達」こそ、そのヴィンテージ・ワインの最高峰なのかも知れませんね。決してCD化されていなかった訳ではないのに「何故だろう?」とボクの方が戸惑ってしまいます(僕がポニーキャニオンに入社した次の年‘88年の6月21日にCD発売)。いつ廃盤になったかは定かではありませんが廃盤になるには、それなりの理由があったと思います(笑)。まあ、その頃はすでにNSPは自然消滅していたし、CDという画期的なソフト自体、まだまだ浸透していなかったし、ましてやNSPファンには・・・と理由はいろいろあったように思います、その頃はまだまだ熟成していなかったんですね(笑)。

 1978年、僕らNSPは5年目を迎え、13枚目のシングル「八十八夜」がスマッシュ・ヒット、そして10枚目のアルバム「八月の空へ翔べ」も好セールスを上げ、ライブ活動にも充実感があり、それなりの手応えを感じていた時期だったと思います。そんなところにベスト企画の話が持ち込まれ、戸惑ったNSP。まだデビューして5年。「何故だろう?」と(笑)。特に天野の言葉で今でも印象に残っているのが、“確かにベストは売れると思う。でも、ベスト盤で当分の間、満足されてしまうし、一区切りつけられてしまうし、次のアルバムが難しくなるなあ・・・参ったなあ・・・”と危惧していたこと。珍しくメンバー全員がこの企画に前向きではありませんでした。

 いろんな経緯がありましたが、結局スタッフは僕らの条件を呑む形でベスト・アルバムは制作されることになりました。
僕らNSPの条件とは今まで出した楽曲の寄せ集め的な安易なベスト盤にせず、限りなくオリジナル・アルバムに近いものにするために新録曲を必ず入れること、このベスト盤をより多く売るために先行シングルを出すこと、今まで納得のいってない曲のリアレンジ録音をすること、ジャケットはイラスト、出来れば「夕暮れ時はさびしそう」と一緒の横井精二郎さんにお願いすること、など結構わがまま言いたい放題でした。
 結局、先行シングルは「冬の花火はおもいで花火」、このベスト盤のための新録曲として「漁り火」、そしてリアレンジ再録音曲として「北北東の風」、「ゆうやけ」、「17才の詩」、「さようなら」と僕ら自身も納得のスカッとするような大満足ベスト盤「青春のかけら達」の誕生です。もちろんイラストも願い叶って横井精二郎さんです。

 今聴き直すと、なんだかNSPが一番NSPらしかった頃だったかなと。僕らも皆もイメージしている等身大のNSPがそこにいて、僕らも皆もボジョレー・ヌーヴォーな「青春のかけら達」で(笑)。

 天野の三回忌に合わせたわけではありませんが(僕自身は間に合わせたかったのかも知れません)、ポニーキャニオンDM営業部から、当時と同じジャケット仕様、そしてアナログ盤として復刻して頂けるという話を伺いました。僕もそうですがマニアを除いて今現在レコードをプレーヤーで聴ける人なんて数少ないはずです。そういう人たちのために、さらに2枚組のCDが付くんだそうです。LPサイズのジャケットを飾りながら、あるいは眺めながら当時を思い出し聴くも良し泣くも良し、胡坐を掻いて中の写真集を穴が開くくらい見つめながらページをめくり聴くも良し、寝転んでふと人生を振り返りながら聴くも良し・・・みんながどんな表情でどんな格好で聴いてくれるのか想像するだけでも楽しくなります。とても良心的でNSPに相応しい企画に感謝します。

 歌詞の間違いも含めて(笑)良き70年代を感じて頂ければ幸いです。そしてこの「青春のかけら達」が思い出としてだけではなく、皆さんの“いまと未来への架け橋”になってもらえたら、これ以上幸せなことはありません。
平賀和人